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【Ep. 8】お悩み:1年前に別れた恋人とバッタリ再会してしまいました

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切の関係がありません。

 

 

悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。

赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。

これは異世界? それとも幻?

時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。

 

 

このシリーズの過去記事↓

 

 

 

「あ……」

 

 

私が色とりどりの傘の向こうに、早足で歩くあの人の姿を見つけるのと、あの人が私に気づくのとは、同時だったように思う。

お互いに、一瞬だけ考える顔をした。

けれどその間が解けた後、直志はまるで吸い寄せられるかのように、するりと私の傘へと入って来た。

 

 

「ひ、久しぶり、直志」

 

 

「恵。元気……だった?」

 

 

間近で見る彼の目元には少し、皺が増えた気がした。

けれど嫌な皺ではなく、柔和な人柄を引き立てる、むしろ魅力的な皺だと思った。

彼もきっと、何かしらの私の変化に気づいたことだろう。

女45歳、たった1年会わないだけで、月日は残酷に若さの名残をすくい取っていく。

 

 

「どこ行くところだったの?」

 

 

「少し買い物をして、家に帰ろうかと」

 

 

「私もちょうど、同じこと考えてた」

 

 

「そっか。あのさ……ちょっと、歩こうよ」

 

 

眉を寄せて、少し困った顔で笑う彼。

胸がぎゅっと、締め付けられる気がした。

別れた二人が夜のシンガポールを歩く、奇妙な散歩の始まり。

突然なことに戸惑うけれど、きっとこんな日が来ることを、私はどこかでひたすらに待ち続けていたんだと思う。

 

 

今日、綺麗な色のワンピースを着ていたのは、決して偶然じゃない。

かかとが擦れていない靴を履いていたのだって、偶然なんかじゃない。

私はここ1年、心のどこかでずっと、この奇跡に備えていた気がする。

 

 

 

 

 

「シンガポールから、遠いところ来てもらって悪いんですけどねぇ、子供が産めない嫁なんか、いらんとですよ」

 

 

去年のちょうど今頃、結婚したい旨を伝えるために、九州の直志の実家を訪れた時のことだった。

まっすぐに私を見つめてそう言った直志の母に、取りつく島はなかった。

 

 

「でも母さん、健二のところはもう3人も子供がおるとやろ?」

 

 

「健二んとこは次男やろう。うちの長男はあんたばい!」

 

 

直志も私も、当時44歳。直志はともかく、確かに私が子供を持てる確率は低かった。

しかし、こんなにも面と向かってはっきりと拒絶されるとは思っておらず、私は涙を堪えるのが精一杯だった。

 

 

優しい直志はそれでも一緒にいようと言ってくれたけれど、その一件から私は直志と距離を置くようになった。

私と一緒にいることで、直志の人生から“父になる喜び”が奪われてしまうと思うと、もう関係を続けていくことは考えられなかった。

直志は魅力的な人だ。

私のことは別れて若い女性と恋をしてほしい……そう伝えて、去年、無理矢理に関係を終わらせた。

 

 

 

 

 

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