10/09/2018
悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
このシリーズの過去記事↓
「雪絵さん、今日もありがとうございました」
「とんでもない! こちらこそありがとうございました」
「雪絵さん、本当に日本語教えるの上手。私が昔通ってた語学学校の先生より上手ね」
「そんなわけないじゃない、ダニエルさん」
「本当だよ! 語学学習パートナーなのに、ちゃんとした先生みたい。私、雪絵さんのおかげで、ずいぶん上達しました」
「ありがとう……」
「じゃあ、また、来週ね。ありがとう、雪絵さん!」
毎週水曜日の夜に会うことにしているダニエルさんは、とても紳士的な60代のシンガポーリアンだ。
リタイアしていて、奥さんと二人暮らし。
私はいつも、二人暮らしの瀟洒なコンドミニアムにお邪魔して、1時間ほど語学の勉強をした後、帰宅する。
ダニエルさんの前は、キースさん。その前はシンディさん。
えっと、それから、その前は……と考えて、ふと切なくなった。
日本に入る頃から考えると、もう私は10年以上も、いろんな語学学習パートナーに日本語を教えてきている。
歴代のパートナーにはいつだって喜んでもらえてきた。そ
れもそのはず、だって私は、日本語教師の資格保持者なのだから。
私、いつまで、こんなことを続けるんだろう……。