悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
このシリーズの過去記事↓
「ねぇマーくん、私、好きなひとができちゃった」
携帯電話から聞こえてくるその声の主は、他ならぬ俺の恋人、ミカぴょんだ。
15歳年下の客室乗務員。
猛アタックという名のプレゼント攻撃の末、ようやく付き合えたのが2ヶ月前のことだから……いやちょっと、いくらなんでも、2ヶ月で破局って短すぎやしないか?!
「ミカぴょん、うそでしょ?!」
「ほんとだよ♡」
「ほんとだよって……ふ、ふざけないでよ!」
「マーくん、ごめんね。私もまさか、こんなに早く心変わりしちゃうと思ってなくて……」
こんなに人の神経を逆撫でする謝罪が、かつて存在しただろうか。
ミカぴょんの口調は確かにとても申し訳なさそうなのだが、どうもおちょくられている気がしてならない。
「俺、ミカぴょんが欲しいもの、なんでも買ってあげたよね? 最初のデートではお財布買ってあげたし、先月のお誕生日にはセリーヌのバッグを買ってあげたでしょ。先週だって、壊れたって言うから、マックブックまで買ってあげたじゃない! なんで……なんでこんなにしてあげてるのに、心変わりとかできるの?!」
「えー、でもマーくん、“ミカぴょんが喜んでくれるのが一番の幸せだよ”って言ってくれてたじゃん!」
「それはその、それなりのお付き合いがあって、のことでしょ?!」
ミカちゃんと出会ってから今まで、ざっと100万円分くらいはプレゼントしたりご馳走したりしているはずだ。
なのにこの2ヶ月でベッドを共にしたのなんて、ほんの5回ほど。1回あたりに換算すると……い、痛い! 費用対効果が悪すぎる!!
「やだ、マーくん……なんかがめつい……」
「がめついのはミカぴょんの方でしょ!」
「なんか前々から生理的に無理だと思ってたけど、やっぱり無理……」
「え、前々からって、もうそれ前提からしておかしいでしょ!」
「とにかく、マーくんにはもう会いたくないから」
あまりの仕打ちに、全身がわなわなと震えてくる。この……このクソ女……俺をコケにしやがって!!
「ふざけんなよ、このブス! 今どこだ? 家か? 今から俺があげたもの、全部返してもらいに行くからな!」
「ちょ、ちょっとマーくん、やだ怖いよ……」
「若いからって許されると思うなよ! 全部だぞ、全部! 耳揃えて用意しとけよっ!!」