ロマンチックな紳士淑女のためのシンガポール・ナイトライフ情報。グルメ、夜遊び、習い事、そしてあなたの夜を輝かせるもの全て。

【Ep. 23】お悩み:独身駐在員と現地採用女子なんて、所詮期間限定の恋ですよね

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切の関係がありません。

 

 

悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。

赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。

これは異世界? それとも幻?

時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。

 

このシリーズの過去記事↓

 

 

「いろいろ楽しかったね。ロンドンにも遊びにおいでよ」

 

 

「あ、うん……イギリス行ったことないから、楽しみ……かも」

 

 

午後9時のチャンギ空港。

ブリティッシュエアウェイズの航空券を握りしめながら、爽やかな笑顔で敬浩が言った。

見送る私は、一体どんな顔をしているんだろう。

一生懸命取り繕っているつもりではあるけれど、今ひとつ自分の表情に自信が持てない。

 

 

「じゃ、俺、向こうの人たちにお土産買わなきゃいけないから、少し早めに入るよ」

 

 

「……あ、あのね!」

 

 

「ん?」

 

 

「お、お土産なら、TWGはやめた方がいいと思うよ。なんてったって、向こうは紅茶文化の本場なんだし」

 

 

「おお、そっかそっか。ありがとう、いつもの癖で寄っちゃうところだった。そうだよな、日本に帰るわけじゃないもんな」

 

 

お土産のことなんか、どうでもいい。ただ1秒でも長く、敬浩と一緒にいたいだけの、痛々しいアドバイスだった。

 

 

「それじゃ、夕実も元気でな」

 

 

「……うん。敬浩も、体に気をつけて」

 

 

しばし私を優しく見つめてから、友情とも取れるようなハグをして、敬浩は旅立っていった。

最後まで、育ちの良さが滲み出る別れだと思った。

 

 

敬浩はまだ29歳で、大手保険会社の駐在員だ。

イェール大学卒の、いわゆるエリート。

そして私はもう35歳で、ウッドランドの工場で事務をしている。

敬浩のロンドン勤務が決まった時、自分も一緒について行きたいだなんて、間違っても口に出せなかった。

独身駐在員と、現地採用女子の、よくある期間限定の恋だと思っていたから。

私はあくまで「シンガポールにいる間だけの彼女」であって、全てを手に入れたような敬浩が、将来を考える相手ではない。

 

 

1ヶ月ほど前、それでも敬浩がいつもの優しい口調で、

 

 

「夕実もロンドン、住んでみたい?」

 

 

と聞いてくれたことがあった。けれど、きっと社交辞令。

 

 

「私はシンガポールの暮らしが好きだわ」

 

 

と微笑んだ私に、敬浩はそれ以上何も訊かなかった。

もしかするとどこかで彼も、安心していたのかもしれない。

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です