悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
はぁ……。
マリーナベイ地域に最近できたばかりの、高層コンドミニアム。
一人で暮らすには広すぎるほどの部屋に、ため息が響いた。
妊娠検査薬にはっきりと現れた二本線。
間違いかと思って何度もチェックしたが、これはもう、確実に妊娠しているということだろう。
胸が、早鐘を打つようだ。
41歳にもなって、まさかこんなことがわが身に起こるとは思わなかった。
ここ数ヶ月の間に体の関係を持った男性は、片手におさまりきらないほどいる。
誰かに連絡をしてみようかとも考えたが、どんなやり取りになるかは想像に難くなかった。
ここは、一人で処理するしかないだろう。
外資系の投資銀行に転職して、15年。
男に負けじと頑張ってきた結果、豪華な暮らしと、いくつかのバーキンと、業界での存在感を勝ち取ってきた。
同世代の女性たちが結婚して幸せな家庭を築く中、どこかで「女」を置き去りにしてきた気さえする。
こんな私でも、妊娠したりするんだな……。
考えてみれば生物として当たり前のことなのに、実感がなかった。
あまり深く考えてはいけない気がする。
なるべく平静を装い、先日子宮頸がん検査を受けに行った婦人科クリニックに電話をかける。
「……ハロー? すみません、予約したいんですけど」
「承知しました。以前お越しいただいたことはありますか?」
「はい、検査で。でも今回は、違う件でお伺いしたいんです」
「どのような内容でしょう?」
「中絶したいんです」