10/09/2018
悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
「◎!*♭≧◆★▽@♯……」
俺の前でイライラと、同じセンテンスを繰り返すローカル社員。
すでに3回聞き返しているが、わからない。
全く、言葉が、聞き取れない!
困った俺は、近くの席にいる日本人社員に声をかけた。
「すみません、中国語かなんかで言われてると思うんですけど、俺わかんなくて……なんて言ってるんですかね?」
その社員は俺の方を一瞥すると、ため息をついてこう言った。
「ハァ? 英語でしょ。今日の夜までにその書類に必要事項を記入して、人事部とコンプライアンス部に送っておいてくれってさ。
山下君、英語できるんじゃないの?」
「すみません……」
「全く。……英語がちゃんとできる奴を採用してくれって頼んだのに、なんでこんな奴送り込んでくるかな……」
手元の資料には、細かい字で、難解な英文が並んでいる。
これは、読むだけで数時間はかかる代物だろう。
セブ島に半年間も留学して、すっかり英語が得意になった気でいたが、俺は初出社にしてすでに絶望感を感じていた。
俺、この会社で、これから一体、どうやって仕事をしていけばいいんだ……?