10/09/2018
悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
「アニキ、親父が……親父が……!」
滅多に来ない弟からの着信があった時、覚悟はしていたつもりだった。
けれど、その涙声を聞いた瞬間に、背筋がすうっと凍りつき、すぐには言葉を発することができなかった。
「……逝ったか」
「うう……うっ、ううっ……うあああああああ!!!」
電話から漏れる慟哭が、ひとりの部屋に響いた。
無言で唇を噛み締める。
脳というのはこんな時、妙に冷静になってしまうものらしい。
「一番早く帰れる便、取って帰るから」
「早く! 早く帰ってきてくれよぉ!!」
「わかった、わかったよ、なるべく早く帰る」
「……ううう……頼む……」
電話を切った後、まるで機械のようにいくつかの航空会社に電話をかけたが、すぐに手配できたのは翌朝の便だけだった。
深夜便も早朝便もさして変わらない、か。
そんなことを考えながら、弟に便名をメールする。
ああ、俺はこんな時、涙が出ないタイプなのか。
そんなことを思いながら、淡々と荷造りをする。
普段から出張が多い生活なので、荷造りは心得ていた。
しかし、ふと「喪服はどうしようか」と思った瞬間に、パッキングする手が止まってしまった。
先日の帰国の際、父と最後に交わした言葉を、思い出したからだ。