悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
このシリーズの過去記事↓
俺とアンドリューはまさに戦友だった。
瞬く間に駆け抜けて行った00年代。徐々にビジネスが先細りになってきた2010年以降。
この18年、俺たちはあらゆるビジネスの荒波を、一緒に乗り越えてきた。
最後の最後、そう、今日この日まで。
「楽しかったよな」
「ああ、楽しかったな」
ファーイーストプラザにある、小さなホビーショップ。
これが俺たちの城だった。
扱うものは、子供が好みそうなものならなんでもござれ。
ガラクタにしか見えないような玩具から、最新のゲームソフトまで、あらゆるものを置いてきた。
商品は全て、俺が日本から買い付けてきた中古品ばかり。
この店を始めた頃は、連日ティーンエイジャーが押し寄せて大盛況だった。
いくら日本から買い付けても、すぐに売り切れてしまうものだから、いつだって俺たちは目が回るような忙しさに追われていた。
しかし、時代は移り変わる。
かつて「ファーイーストキッズ」と呼ばれた、ファーイーストプラザに集う若者たちも、いつしかもっと新しいモールへと遊び場を移して行った。
さらに、ネットショッピングの台頭で、小売業界全体が大打撃を受けた。
俺たちの店もここ数年は、一日に数人の客が冷やかし程度に立ち寄るばかりで、長いこと赤字続きだった。
それでもこの店を毎日開け続けてきたのは、アンドリューの意地だ。
しかしそれももう、とうとう限界に来てしまった。
「加藤、日本に置いてある分の在庫の処分、頼んじまってすまんな」
「なに言ってんだよ、兄弟。お前だってこれから、この店の片付けが待ってるだろ」
誰にも見守られないまま俺たちは、18年間続いたホビーショップ「チェン アンド カトー ブラザーズ」のシャッターを閉じた。
慣れた手つきで施錠してしまえば、それっきりだ。
俺たちの店の、最後の営業は、あっけなく終わりを告げた。
「……ちょっと、飲んで行こうか」