悩めるシンガポール在住者の前に、忽然と姿を表す場末のスナック、それが「夜間飛行」。
赤い布張りのソファに、古ぼけたミラーボール、そしてそれらを包み込む、懐かしい昭和の歌謡曲。
これは異世界? それとも幻?
時代に取り残されたようなその空間は今夜も、疲れた人々の心にそっと寄り添う……。
久々に会った奈津は、少し化粧が濃くなったように見えた。
付き合っていたのはほんの2ヶ月前なのに、なんだか知らない人のようだ。
なんというか……綺麗になった。
それが悔しくてつい、憎まれ口を叩いてしまう。
「俺と別れて、なんだか派手になったな」
「そう?」
「ああ。また合コンとか行くようになって、男の目を気にしだしたせいなんじゃねえの?」
「……まあ、そうかもね」
そう言って奈津は、長いストレートの髪を、気だるそうにかきあげる。俺は、早々にこの場を切り上げることにした。
「じゃあ、うちに残ってたものは、全部返したからな」
「ありがと」
「お前……俺ら、曲がりなりにも結構真剣に付き合ってたのに、別れてから会うと結構冷たいのな」
「そう? そんなことないわよ。一応これでも、少しは悲しんだのよ」
「どうだか。前から、なんかつかみどころのない女だと思ってたけど、ほんとドライなんだな、お前」
奈津は相変わらずよく読めない表情のまま、ちらりと俺の方を見たかと思うと、彼女の私物が入れられた紙袋へと視線を落とした。
「……別に返してくれなくても、良かったのに」
「そんなわけいかないだろ。ドライヤーとか化粧品とか、結構高価なものだろ、それ」
「……」
「じゃあ、行くから」
「そっか。またね」
本当にそっけない女だ。嫌いになって別れたわけじゃないんだから、もう少し愛想よくしてくれたって良いだろうに……
そうは思ったが、口には出さず、俺はそのままカフェを後にした。