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【Ep. 5】駐妻・理乃の悲しみ、そして広がる希望

※この物語はフィクションです

 

27歳で結婚以来ずっと専業主婦だった理乃。

日系大手商社に勤める夫、祐介のシンガポール栄転に伴って、3年前この常夏の国に引っ越してきた。

出世頭の優しいエリート夫を持つ、模範的な「駐在員の妻」だったはずの彼女の運命は、あの日を境に音を立てて変わり始めた……。

 

(あらすじ)

誰もが羨むような専業主婦生活を謳歌していたはずの理乃だが、どこか心にぽっかりと空いた穴を抱えていた。

何年も前から望んでいるものの、子供に恵まれない。

真剣に向き合うことを避ける夫、お世辞にも良好とは言えない姑との関係。

そんな時、偶然にも自宅コンドミニアムのプールで、水泳インストラクターのダリルと出会う。

理乃は、ダリルに言葉では言い表せない運命的なものを感じてしまう。親友の華子に進められるまま、ダリルに水泳レッスンを申し込み毎週顔を合わせるようになる……。

 

 

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「理乃さ〜ん?久しぶり〜!最近ど〜お〜?」

 

 

甲高いトーンのこの声を聞くたびに、理乃はいつも軽く眩暈を覚える。

世の中のどんな家庭にも多かれ少なかれ嫁、姑の問題はある、と世間では言われている。

確かにそうなんだろう。

でも佐和子ほど……インパクトのある姑はなかなかいないのではないか?そう理乃は思っていた。

初めて祐介の実家に行ったときのことは今でも忘れない。

初めて彼のご両親に会うというので、理乃はひどく緊張していた。

 

 

「理乃と、結婚しようと思う」

 

 

祐介は担当直入に、理乃を婚約者として両親に紹介した。

大手総合商社の役員を務めていた祐介の父親は、暖かく迎え入れてくれたが、母親の佐和子には、理乃はあまりありがたくない客だったようだ。

 

 

「理乃ちゃんは、泥棒猫ね。祐介を私から盗むなんて」

 

 

みんなの前で冗談めかしてそう言った佐和子の目が全然笑っていなかったことを、今でも理乃は鮮明に覚えている。

 

ど、泥棒猫?

 

母親は自分の息子の彼女や妻に対して、恋敵のような気持ちになるという話を読んだことはあるが、ここまであからさまに敵対心をむき出しにされることって普通なんだろうか?

一時はそれが原因で 祐介とよくケンカになり、あわや婚約破棄かという時期もあったぐらいだ。

祐介の根気強い説得でなんとか踏みとどまって無事に結婚に至ったのだが……。

 

 

「俺だっていい大人だ。お袋に俺たちの関係を壊すようなことは今後絶対させない。信じてくれ。俺が理乃を幸せにする」

 

 

あの頃の二人はひどく情熱的で、お互いさえいればどんな困難なことだって乗り越えていけると信じて疑わなかった。

電話の向こうの佐和子のおしゃべりは止まらない。

 

 

「最近、お友達の香川さんのところに初孫ができてね〜、この前会いに行ってきたの〜。それはもう可愛い可愛い赤ちゃんでね〜。でも、あ〜、私はいつになったら孫をこの手に抱けるんだろう〜、って逆に惨めになっちゃったわ〜」

 

 

「……初孫だったら、尚更、香川さん喜んでいらっしゃるでしょうね」

 

 

「そぉ〜よ〜。祐介と理乃ちゃんも頑張ってくれないとね〜。親不孝だわ〜。そうね〜、女の子がいいかもね〜!うふふふふ」

 

 

そしてわざと潜めた声で、こんなことをいう。

 

 

「 ちゃんといろいろしてる?することしないと、子供ってできないのよ〜?理乃ちゃん、祐介をその気にさせるのは理乃ちゃんの腕次第よ? 私が理乃ちゃんの歳の頃は、毎日だったわよ〜。ちゃんと努力してるの〜〜?まぁ、いいわ。来月には旅行でそっちに行くから、よろしくね!」

 

 

理乃の電話をにぎりしめた、その手が情けなさと怒りで震えた。

 

 

「またお袋から何か言われたの?」

 

 

電話を切ってから、ひどく無口になった理乃を見て祐介がきく。

 

 

「なんでもないわ」

 

 

「なんでもないわけないだろう?お袋と電話切ってから様子が変だよ」

 

 

「……またお義母が、孫の顔が早く見たいって……おっしゃってたわ」

 

 

「そうか……。まぁ、お袋もああ見えて、悪いやつじゃないから。無邪気にそういうこと言ってしまうんだよ。あんまり気にするなよ」

 

 

無邪気……ですって?

悪いやつじゃない……ですって?

 

 

「……ちょっと疲れたから、私、早めに寝るわね」

 

 

どうして世界は結婚というものをバラ色のストーリーのように語るのだろうか?

どうして王子様が自分を救ってくれて、ずっと守ってくれるなどという幻想を植え付けようとするのだろうか?

きっと、果てしなく続く砂漠のような現実を、見てみぬふりをするために人はそんなお伽話を作ったのだろう。

 

 

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