シンガポールのコールセンターで働くリョータは、29歳。
30歳を目前にして、彼は焦っていた。
「彼女いない歴=年齢」も、20代ならまだ可愛げがある。
しかし30代ともなるとさすがに悲壮感が漂う。30歳になるまでに、なんとか彼女を作りたい。
いや出来ることならむしろモテたい。モテてみたい。モテてモテて困ってみたい……!
そんなリョータが手にした一冊の本、それが藤沢数希著「ぼくは愛を証明しようと思う」だった。
この本に衝撃を受けた彼は、モテない人生にレボリューションを起こすべく、「ナンパ師」としてデビューを果たす。
「もしかして……ラッキーフルーツおじさんですか……?」
ここはファーラーパーク駅から、ムスタファセンターへと続く、細い路地。今日もナンパをしようとやって来た俺は、はからずも、あの伝説の男との遭遇を果たしてしまった。シンガポールの生けるレジェンド、もはや都市伝説と呼んでも良いほどの大御所ナンパ師。かの有名な「ラッキーフルーツおじさん」が、ビルの角に隠れて、道ゆく女の子に向かって狙いを定めているところを見つけてしまったのだ!
「……ふむ。そう呼ばれることも、ある」
いきなり声をかけたのに、ラッキーフルーツおじさんは落ち着き払っていた。
彼のことを知らない人のために説明しよう。
彼は物陰から道ゆく婦女子にフルーツを投げつけ、見事命中するとどこからともなく姿を現して「あなたラッキーですね」と言うのである。
そして、「これはラッキーフルーツです。この実を所定の仕草で特定の水場に投げ入れると、良いことがあるのです。そこまでお連れしましょうか」と言って、相手を連れ出す。
そんなナンパに誰が引っかかるのかって?
試しに、シンガポールにいる日本人女性10人に、ラッキーフルーツおじさんについて訊いてみるといい。
きっと1人くらいは「ラッキーフルーツおじさんに友達がナンパされたらしい」と言うだろうし、運が良ければ実際にナンパされた女性に会えることもあるだろう。
ラッキーフルーツおじさんはそれほどまでに多くの女性に声をかけており、そして、驚くほど多くの日本人女性が、彼にナンパされご飯をご馳走になっているのだ!!
……もっとも、俺は女友達がひとりもいないから、全て今のは同僚・入江の受け売りである。
「光栄です。お会いできて」
「ほう、私のことをどこかで?」
「噂でですけど……俺もPUA(ナンパ師のこと)の端くれなんで、ずっと憧れてました」
「そうですか、あなたも、PUAですか……」