シンガポールのコールセンターで働くリョータは、29歳。
30歳を目前にして、彼は焦っていた。
「彼女いない歴=年齢」も、20代ならまだ可愛げがある。
しかし30代ともなるとさすがに悲壮感が漂う。30歳になるまでに、なんとか彼女を作りたい。
いや出来ることならむしろモテたい。モテてみたい。モテてモテて困ってみたい……!
そんなリョータが手にした一冊の本、それが藤沢数希著「ぼくは愛を証明しようと思う」だった。
この本に衝撃を受けた彼は、モテない人生にレボリューションを起こすべく、「ナンパ師」としてデビューを果たす。
MRTセンカン駅には、若いファミリーが目立つ気がした。
この辺りは新しく開発が進んでいるエリアだと聞くから、きっと新しく移り住んできた若い人たちが多く暮らしているのだろう。
俺もいつか、素敵なお嫁さんを見つけて、このあたりで暮らしたりするのだろうか。
そんなことを考えて、少し幸せな気分になった。
しかし、口元に浮かんだその微笑みも、長くは留まってくれない。
俺はこのところずっと、少しの切なさを抱えたままなのだ。
ノースイースト線を北上してきたこのナンパ修行の旅も、終わりに近づこうとしていた。
センカンを攻略してしまえば、残すはもうポンゴルのみ。
未だに成功らしい成功を味わっておらず、無論彼女もまだできていない。
しかし俺は、彼女ができていないことよりもむしろ、この旅がもう終わってしまうことの方に切なさを感じていた。
今回は、LRTに乗ってみようと決めていた。
MRTにはこの旅のお陰でたくさん乗ったけれども、郊外を走るLRTにはまだ乗ったことがなかった。
センカン駅はシンガポールでも数少ない、MRTとLRTの両方が乗り入れる駅なのだ。
俺と切なさを乗せて軽やかに滑り出したLRTは、まるで低空飛行するかのように、住宅街の合間を縫って進んでいった。
Thanggam駅で降りようと思ったのは、どことなく楽しそうな雰囲気を感じたからだ。
何かありそう。近頃、そんな予感がよく当たるようになってきた。
案の定、道を挟んだ向こうのJalan Kayuには 美味そうな飲食店がひしめいていて、ファミリーから若者まであらゆる人たちで賑わっていた。
中でも人気のビストロカフェ、Savouryに入ってみることにする。