シンガポールのコールセンターで働くリョータは、29歳。
30歳を目前にして、彼は焦っていた。
「彼女いない歴=年齢」も、20代ならまだ可愛げがある。
しかし30代ともなるとさすがに悲壮感が漂う。30歳になるまでに、なんとか彼女を作りたい。
いや出来ることならむしろモテたい。モテてみたい。モテてモテて困ってみたい……!
そんなリョータが手にした一冊の本、それが藤沢数希著「ぼくは愛を証明しようと思う」だった。
この本に衝撃を受けた彼は、モテない人生にレボリューションを起こすべく、「ナンパ師」としてデビューを果たす。
ポトン・パシール 駅の出口を出てからというもの、俺はまだ女性とひとりもすれ違っていなかった。
やはり、住宅街でナンパは厳しいのか……?
しばらくあてもなく歩いたところで、見覚えのある建物を発見した。
このロゴ。俺が住んでいる場所の近くにも、同じようなロゴをつけた、似た建物がある。
「コミュニティ……センター」
シンガポールに点在するこの“コミュニティセンター”とやらに、恥ずかしながら俺は一度も足を踏み入れたことがなかった。
というか、何をする場所なのか、よくわかっていない。
おそらく公民館のようなものだと思うのだが、外国人である俺が入って良いものなのかどうかさえも知らない。
すると窓のひとつに、中年男性の姿が見えた。タオルで汗を拭きながら、外を眺める。やがて俺の姿を認めると、何か思うところがあったのか、いたずらそうに俺に手招きし始めた。
い……行っても、いいんだろうか。
中の人が呼んでいるのだから、少なくとも怒られたりはしないだろう。
俺は意を決して、コミュニティ・センターの中に足を踏み入れてみることにした。
「よく来たな、青年!」
さっき手招きをしてくれた中年男性は、なんらかのダンスの練習の真っ最中だった。
部屋には軽く、ほかに40名はいそうだ。
熟女が多く、男性はまばらにしかいない。
俺は秘密のコミュニティに招き入れてもらった気分で、ドキドキしていた。
すると中年男性は、自分の被っていたカウボーイハットを俺に被せ、全員に届くよく響く声で、こんなことを言った。
「俺の代わりをこの青年にやってもらいます! そうしたら俺も、全体がよく見える位置でチェックできるから!」
どうやらその中年男性は、ダンスを教える立場の人らしい。
人数が足りないため、自分が中に入って一緒に踊っていたようだが、ちょうど良いところで俺が現れたため、代理をさせようと思いついたようだった。
「あの、すみません、俺、ダンスなんかできないんですけど……」
困惑する俺を見て、中年男性がハハハと高らかに笑う。
「大丈夫だよ。今、西部劇風のラインダンスを練習しててね。
娘たちがカウボーイを誘惑しながら、周りをぐるぐる回るパートなんだ。
カウボーイ役は基本的に、真ん中に突っ立っているだけでいい」
「で、でも、俺外国人で、ここに入っちゃって大丈夫だったんですかね?」
「もちろんOKだよ。コミュニティ・センターはみんなのものだ。外国人だって大歓迎だよ」
「そうなんですか……」
「さぁ、他の男性と同じように、輪の中心に立って。君は、あのグループだ」