我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。
そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。
俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。
一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。
そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。
はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。
俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。
人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。
なんの役に立つのかって?
いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。
おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……
俺は三谷進、65歳。シンガポールとはかれこれ20年の付き合いになる。
ここに住んでいるわけじゃないんだが、週に3度は必ずここに来る。
そんな生活を、気づけばもう随分続けてきたよ。
ハンドキャリー屋って商売のこと、知ってるかい?
海外に何かを届ける時、普通に空輸するより、人間が飛行機でハンドキャリーした方がいい場合があるんだな。
そういうものを預かって、相手先まで届ける仕事があるのさ。
俺の場合は、築地の魚をメインに商売している。
魚っていうのは面白いものでな、魚そのものの質や捌き方もさることながら、どんな運ばれ方をしたかで、随分味が違ってくるものなんだよ。
鮮度や味にこだわる海外の寿司職人は、多少高くついたって、お客さんに最高のものを出したがる。
だから築地とシンガポールを往復する、俺のような商売に、需要があるってわけなんだ。
でもなぁ。いくら毎回飛行機をアップグレードしてもらえたって、そろそろ俺も体力的にきつくなってきたんだよ。
65だよ、65。
俺が忙しく海外と日本を行き来してる間に、カアちゃんなんか5人も俺の子供を産んで、勝手に育てて、勝手にみんな巣立っていきやがった。
そろそろ俺だってカアちゃんサービスするべきだろう。
それに……最近は、海外に魚を輸送する技術も、結構確立されてきてな。
ハンドキャリーにこだわらなくても、なかなかいい状態で空輸できるようになってきてるんだよ。
幕を引くには、いい時期ってことさ。
「……ご苦労さん。三谷のおっさん、元気でな」
馴染みの寿司職人のナベさんが、そう言って俺の肩を叩いてくれた。
俺は大抵、午後3時半頃にシンガポールに着く便で来て、いくつかの寿司屋に魚を届けた後、すぐに帰りの便に駆け込む。
ナベさんの店はいつも最初に立ち寄ることになっているから、ゆっくり話をすることなんてほとんどなかった。
だから長い付き合いも今日で最後とは言え、あっさりしたもんだ。
そもそも寿司職人ってやつは、客以外にはすこぶる愛想が悪いもんさ。
客にも愛想が悪い奴だってたまにいるけどな。
感動しました。。
どの話も面白いですね。
楽しみにしています〜♪
ぬこ様
ナイトライフシンガポール編集部です。コメントありがとうございます!励みになります。また遊びに来てください。