我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。
そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。
俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。
一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。
そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。
はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。
俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。
人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。
なんの役に立つのかって?
いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。
おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……
私は西野咲、29歳。シンガポールの専門商社で事務やってるよ。
シンガポール歴は5年になるんだけど、まさにバブルを謳歌できててほんと感謝。
あ、咲が言うバブルっていうのは、EP バブルのことね。
知ってる? EPバブル。
シンガポール政府がどんどん、就労ビザ・EPの最低給与水準を年々引き上げてくれるお陰で、ビザを更新する度にお給料がすごく上がってくの!
咲のお給料なんて、もはや今、日本の友達に言ったら失神するレベル。
まじすごいよね、シンガポール。
オーストラリアでのワーホリが終わって、すぐにシンガポールで仕事を探したんだけど、あの頃は仕事を見つけるのもめちゃくちゃ簡単でね。
別にシンガポールにこだわりはなかったんだけど、あの時シンガポールに来てほんとーーーーに良かった! まじそう思ってるんだ。
ぶっちゃけ、オーストラリアの方がイケメンは多かったけど。
でもシンガポールは遊び場が多くていいよね。
クラブも楽しいし、盛り上がってるバーも多いし。
そういうとこで普通に出会うのもエリートな男性ばっかりだし!
咲の場合は仕事もかなり緩くて、テキトーに仕事してから定時に会社を出て遊びに行っても、誰も文句は言わない感じ。
日本人のオジサンばっかりの職場だから、みんな咲に優しいんだよね。
仕事とかよく間違えるけど、基本、可愛がってもらってる。
今日は水曜だし、レディースナイトに行かなきゃだから、3時くらいから化粧室にこもって化粧直ししてたんだけど……あれ、なんだろ。
席に戻ろうとしたら、部長に呼び止められちゃった。