我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。
そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。
俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。
一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。
そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。
はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。
俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。
人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。
なんの役に立つのかって?
いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。
おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……
オレは五十嵐公太、23歳。職業? 自由人、ってやつかな。
新卒でなんとか滑り込んだブラック企業を、半年で華麗に「卒業」して、今は会社組織に縛られない生活をしている勝ち組だ。半年間の社会人生活で貯めた金を持って、日本を脱出したのが2ヶ月前。
それから、ベトナム、ミャンマー、タイ、カンボジアと、東南アジアの国々を回ってきた。
すっかり現地に溶け込んだ生活をしてきたお陰で、かなり精悍な顔つきになった気がする。
東京で勤めてた頃は、いつも生っ白い顔をしていたもんな。毎朝ヒゲを剃る度に、「社畜っぽさ」がどんどん抜け落ちていっているのを確認できるのが、なんだか嬉しかった。
オレの友達のほとんどは、今も東京で消耗している。
だが、そういう生き方はもう流行らないと思っている。
地方や海外に目を向ければ、物価が安くて暮らしやすいところはたくさんある。
そういうところは人もあくせくしていないし、学歴とか会社名とか、そんなどうでもいい基準でオレを測る奴らもいない。
だからオレはもう、いわゆる社会で「当たり前」とされている生活に戻る予定はないんだ。
とりあえず金が尽きるまで色々な国を回って、金がなくなったら千葉の実家に帰ればいいと思っている。
そんな自由な生き方ができるオレこそ、真の勝ち組ってやつなんじゃないだろうか。
有り余るほどの自由を手にしたオレだが、手持ちの金には限りがある。
まだ懐が温かいうちに、話題の国・シンガポールに少し滞在しておこうと思った。
調べると、チャイナタウンのゲストハウスなら、日本円で一泊1600円くらい。
カオサンで払っていた額の1.5倍程度と、大して変わらないことがわかった。
食事も、ホーカーと呼ばれる屋台で食べれば、一食300円くらいでおさめられるという。
物価が高いと聞いてビビっていたが、実際はこんなものか。
安心した俺は、予約サイトで2週間分の滞在を予約した。
2週間も滞在すれば、日本の友達に、「オレ、シンガポールにもちょっと住んでたよ」と言えるレベルだろう。
それってめちゃくちゃ勝ち組発言じゃねーの? オレはそんなことを考えながら、意気揚々とシンガポールの地を踏んだのだった。