我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。
そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。
俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。
一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。
そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。
はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。
俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。
人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。
なんの役に立つのかって?
いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。
おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……
<前編、中編の続きです>
前編
中編
パナマ帽の老人と、加藤千恵美の様子を眺めていた俺は、いてもたってもいられない気持ちでこんなことを呟いた。
「これ……完璧に、足を滑らせる流れですよね。押すなよ、志村押すなよ、的なフラグ立ってますよね」
「そうだねぇ、立ってるねぇ」
きっと老人が言っていた“自殺とも事故とも取れない亡くなり方をする”というのは、こういうことなのだろう。
しかし、これだけわかりやすいフラグが立っているのに、何もしてはいけないだなんて、歯がゆいことこの上なかった。
「なんか、この加藤千恵美さん……俺に似ている気がしてならないんですよね」
「なんだなんだ、やめてくれよ、あんまり情が移ると見届けるのが辛いぞ」
「もうすでに辛いですよ。だって俺も、フラれて自暴自棄になって飲みすぎて死んだんですから」
「やだなぁ、もう。湿っぽいんだから。俺らみたいな仕事、いちいち同情してたら務まらないよ?」
その時だった。突風が吹き抜け、加藤千恵美のスカートを激しく揺らしていった。
彼女は目を伏せたままだ。こんな状態じゃ、いつ足を滑らせてもおかしくない。すると老人が、
「そろそろかな……」
と、ドライな発言をした。
まるで彼女が足を滑らせるのを待っているかのような、飄々とした一言。
確かに、何も手を出さずに見ているだけの俺も、この人の同類なのだが……そう思うと余計に腹立たしくて、俺はつい、声を荒げてしまった。