我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。
そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。
俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。
一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。
そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。
はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。
俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。
人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。
なんの役に立つのかって?
いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。
おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……。
「やぁどうも、お疲れさん」
マーライオンパークに現れたその老人は、俺、つまりミニマーライオンの前まで来ると、パナマ帽をひょいと持ち上げて挨拶した。
「あ、お久しぶりです!」
いきなりの訪問に面食らいながらも、なんとか挨拶を返す俺。
このパナマ帽の老人に会うのは、2回目……俺がミニマーライオンになった、あの日以来である。
今でこそ守り神・ミニマーライオンとしての姿が板についている俺だが、実は昔からミニマーライオンをやっているわけじゃない。
もともとはシンガポールにハネムーンでやって来た、れっきとした日本人だったんだ。
ところが新婚だっていうのに嫁に逃げられて……やけになった俺は、もう死んでもいいという思いで、暴飲暴食を繰り返した。
そして急性アルコール中毒で病院に運ばれたんだが、その時、不思議な“夢”を見たんだ。
その夢というのが、ふわふわとした霧の中で、このパナマ帽の老人と話をしている夢だった。
「お前、なんであんなに飲んだんだ? 自殺行為だろう」
「積極的に死のうとは思ってなかったんですが……まあ、半分くらい、死んでもいいやとは思ってましたね」
「半分って、どれくらい? 49%くらい? 51%くらい?」
「いや、50%です、正直」
「えー、それじゃあ判断しかねるじゃーん!」
「判断しかねるって、どういうことですか?」
俺の素朴な疑問に対し、パナマ帽の老人は、困り顔でこう答えた。
「俺、仕分け係なんだよね。天国に行く人と、そうじゃない人、分けてるの。自殺だったら本当は天国に行けないで、浮遊霊になるんだ」
「ふ、浮遊霊?!」
「そう。天国に行けば、また生まれ変わったりできるんだけど、自殺者は基本的に、二度と生まれ変れない浮遊霊になる決まりなの。でも君の場合、難しいんだよね……」
「とおっしゃいますと?」
「自殺かどうか、本人でさえ断言できないシチュエーションでしょ。もうほんと、半分自殺のようで、事故でもある。まいったなぁ……」
老人はさも面倒臭そうに頭を掻いている。そしてやがて、ふと思い立ったように、こんなことを言い出した。
「あ、そうだ、守り神、やってみる?」
「ま、守り神ですか?」
「そう。あんまり空きがないレアなポジションなんだけどね、浮遊霊になる代わりに、守り神になって他の人たちを助けることで徳を積む、って方法もあるんだよ。ちょうど1個、空きポジションが出たんだけど、やってみる?」
「は、はあ……」
いつも楽しみに拝読させて頂いています。このシリーズ 大好きだったので終わるのは寂しいですが、、、続きが早く読みたい。。w