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【Ep. 19】妻子を捨てて愛人と一緒になった孤独な高齢男性 の場合

※この物語はフィクションです

 

我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。

 

そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。

 

俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。

 

一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。

 

そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。

 

はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。

 

俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。

 

人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。

 

なんの役に立つのかって?

 

いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。

 

おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……。

 

 
このシリーズの過去記事↓

 

 

俺は河本雄三、72歳。

 

3年前に妻・千草に先立たれてからは、いわゆる天涯孤独の身というやつだ。

 

そしてついにこの間、腰痛で病院を訪ねたら、III期の膵臓癌が発覚した。

 

思いの外早く妻のところに行けるのだから、むしろ願ったり叶ったりだ。

 

いずれにしても治療は難しい癌だそうだから、積極的な治療は何もしないことを選択した。

 

 

けれど、こんな俺にもひとつだけ心残りがある。

 

シンガポールへは、その心残りを少しでも軽くするために来たんだが……恥ずかしながら、この期に及んで、未だに目的が達せずにいる。

 

 

少し長い身の上話になるが、聞いてくれないか。

 

3年前に亡くなった千草は、実は2人目の妻だ。

 

職場に新入社員として入ってきた千草と出会った当時、俺にはすでに妻と息子がいた。

 

最初は自分の気持ちを抑えようと必死だったんだ。

 

けれどそれは、無視するのにはあまりにも強烈な気持ちだった。

 

7年も必死で気持ちを隠した後、どうにも我慢しきれなくなって想いを伝えた時、千草は

 

 

「……知っていました……」

 

 

とか細い声で言った後、泣き崩れた。

 

彼女もまた、俺に惹かれる想いを、長年のあいだ、必死でこらえ続けてきたのだ。

 

ついにこの悪趣味な運命に白旗を上げた俺たちは、一緒になることを決意した。

 

けれどそれにはまず、俺が離婚をしなくてはならない。

 

醜い、それはそれは醜い議論が始まった。

 

金ならいくらでも出すと言った俺に対し、当時の妻は頑なにそれを拒否した。最終的に、

 

 

「あなたからのお金なんて一銭も受け取らない。もちろん、息子にも会わせない。母一人子一人、あなたたちを恨んで生きていくわ」

 

 

という呪詛とともに、なんとか離婚が成立した。

 

あれからもう、40年近くが経過した。

 

あの時千草を選んだことに後悔はしていない。

 

 

ただ……余命いくばくもない俺には、少なくない額の預貯金があった。

 

せめて息子に、この金を渡してから死にたい。

 

その想いで興信所を頼ると、息子が現在、外食チェーンの責任者として、シンガポールに駐在中であることが発覚したのだ。

 

息子は毎日、餃子専門店の店長として店に立っているはずだ。

 

モールの中にあるその店舗の近くまで、毎日行ってみるのだが、結局店の中を覗くこともなく帰ってきてしまうのだった。

 

 

俺は……俺は、息子と先妻を捨てて、千草と一緒になったんだ。

 

受け取ってもらえなかったとは言え、養育費も慰謝料も支払わなかった父親だ。

 

今更どんな顔をして会えば良いのかと考えると、どうしても勇気が出なかった。

 

 

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