我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。
そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。
俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。
一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。
そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。
はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。
俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。
人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。
なんの役に立つのかって?
いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。
おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……。
俺は須田沼真也、31歳。
海外在住歴はもう6年になる。
カナダへのワーキングホリデーを皮切りに、イギリス、アイルランド、ニュージーランド、オーストラリアと、あらゆる国での滞在を経験してきた。
自分で言うのもなんだけど、色々な仕事を経験してきた分、どこへ行っても即戦力だと思っている。
日本食レストランでなんて一体何軒働いてきたかわからないし、今はオーストラリアの農場で、様々な国籍のワーキングホリデー労働者と一緒に、超国際的な環境で働いている。
これだけの職歴があれば、ワーホリビザが取れない年齢になっても、引く手数多に決まっているだろ?
特にシンガポールあたりなら、正直言って楽勝。今まで滞在してきた国に比べたら、若干「落ちる」感じは否めないものの……まぁ妥協できないラインじゃないしな。
そろそろオーストラリアのビザも切れてしまう俺は、シンガポールにしばらく滞在し、サクッと仕事を見つける予定でいた。それなのに……。
「須田沼さんにご紹介できる仕事はありませんね」
メガネの奥の目を冷たく光らせながら、人材紹介会社の担当者が言った。
「あ、給料だったら多少は目をつぶりますよ。そのうち上がるだろうし」
「そういう意味ではありません。須田沼さんの年齢で、ほとんど職歴がないケースの場合、ご紹介できる仕事がないんです」
「ちょっと待ってください、職歴ならありますよね? ちゃんと見てくれないと困りますよ、世界を股にかけて活躍してきたんだから、これでも」
「申し訳ありませんが、アルバイトは職歴のうちに入りません」
「でも俺、結構英語できるじゃないですか」
「TOEIC600点はアピールポイントとして弱いですね」
「600点じゃなくて、610点です」
「同じことです」
一体この人材紹介会社の社員は、何を知っているつもりなのだろう。
紹介するのが仕事のはずなのに、俺に紹介する仕事はないだなんて、おかしな話ではないか。
そう思った俺は他にもいくつか人材紹介会社を回ったが、どこも似たような反応だった。
たったひとつ、オッサンが一人でやっているらしき、この人材紹介会社を除いては。