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【Ep. 14】不慮の事故で亡くなった婚約者に執着し続ける引きこもり女性の場合

※この物語はフィクションです

 

我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。

 

そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。

 

俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。

 

一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。

 

そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。

 

はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。

 

俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。

 

人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。

 

なんの役に立つのかって?

 

いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。

 

おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……。

 

 
このシリーズの過去記事↓

 

 

私は迫田みやび、28歳。

 

半年前にこの国にやって来た時の私は、期待に胸を膨らませた花嫁候補だった。

 

長い遠距離恋愛を経て、シンガポーリアンの彼と婚約して、そして結婚のためにこの国にやって来たの。

 

 

ところが……彼が不慮の交通事故で亡くなって、私は全てを失ってしまったんだ。

 

シンガポールに来て、2ヶ月ほど経った頃の出来事だった。

 

正直あの頃、彼との関係は最悪だったと思う。

 

私は大きな期待を抱いてやって来たシンガポールの暮らしに失望していた。

 

彼の両親との同居もさることながら、自分の両親ばかり大事にして、私のことはあまり鑑みてくれない彼に対して、ものすごくフラストレーションが溜まってたんだ。

 

 

口論に続く、口論。

 

お互いに気持ちもすっかり冷めて、まさに婚約解消まで本当に秒読み……という状況のある日、突然、あの事故が起こったんだ。

 

バイクで、バカみたいにスピードを出して、どこかに向かう途中だったらしい。

 

PIEのガードレールに突っ込んで、全身打撲……という表現さえ可愛らしく思えるほど、ひどい損傷だったみたい。

 

私はあまりのショックに、彼が亡くなった時のことも、通夜や葬儀のことも、おぼろげにしか憶えていない。

 

 

それからはひたすら、彼の実家に留まったまま、部屋にこもって泣き続けるだけの日々だった。

 

こんな終わり方……納得いかないよ。

 

ひどいよ。どうして急にいなくなっちゃったの?

 

わけがわからないよ。会ってちゃんと話をしたいよ。私はこれから、どうすればいいの……?

 

どうやって気持ちの整理をつけて良いか全くわからないまま、ただ悲しみに沈む毎日だった。

 

 

時折ふと「ちゃんとけじめをつけたい」とは思うものの、その準備ができてないことは、自分自身が誰より理解していた。

 

だって……だって私はまだ、あのボイスメッセージさえ、聞くことができていないんだもの。

 

 

あの日。彼から私の携帯に、一本の着信が残っていた。

 

滅多に電話をしてこない彼だったのに、相当伝えたいことがあったんだと思う。

 

けれど私はその電話に気づかず、ボイスメッセージだけが残された。

 

それが聞けない。どんな内容か、恐ろしくて聞くことができない。

 

どんな内容であったとしても、聞けば自分が崩壊してしまう気がしていた。

 

もう一度彼の声を聞くだけでも、心臓が潰されるくらい切ないに決まっている。

 

 

彼の両親も相当にこたえているはずなのに、毎日家にこもって泣き暮らす私のために、ずっと食事を用意し続けてくれていた。

 

お義父さんはあれからすぐに仕事に復帰したようだし、お義母さんも、一見すると彼の死をすでに乗り越えたかのように見える。

 

私ばかりが無様に彼の死に溺れ続けているようだった。

 

いつか日本に帰らなくちゃ、とも思うけれど……どんな気持ちで帰っていいかもわからず、とにかく涙にくれて過ごすだけの日々だった。

 

私は完全に、世間からも、時間からも、取り残されて置き去りにされていた。

 

この日も、なんの変化も起こせないまま、仕事に行くお義父さんを見送り、友達に会いに行くお義母さんを見送った、その直後だった。

 

 

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