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【Ep. 12】「今回が最後」と思いつつやめられない、シンガポール通い妻の場合

※この物語はフィクションです

我輩はマーライオンである。そっちじゃない、小さい方だ。

 

そう、観光客に大人気のあのでかいマーライオンの傍で、ショボく水を吐いている、ミニマーライオンである。

 

俺たちマーライオンには、それぞれシンガポールの守り神としての担当がある。

 

一番大きなセントーサのオジキは、シンガポール居住者担当。エースであるマーライオンパークのアニキは、観光客担当。

 

そして俺は、そのどちらにも属さない中途半端な人々、いわゆる『浮遊層』を担当している。

 

はっきり言って閑職だが、俺はこの『浮遊層』たちが大好きなんだ。

 

俺が守り神として使える魔法は、二つだけ。

 

人のお腹を瞬時に空かせることと、二日酔いを防ぐことだ。

 

なんの役に立つのかって?

 

いやいや、これがどうして、なかなか役に立つものなのさ。

 

おや? 今宵も、愛すべき浮遊層が一人……。

 

 

このシリーズの過去記事↓

 

 

私は新田ゆう子、41歳。

 

フリーの翻訳者になって10年、そして……あの人と出会って、もう8年になる。

 

結んではいけないこの縁はもう、そんなに長い間、絡まったままほどけない。

 

 

出会った頃の逢坂さんは、東京本社にお勤めだった。

 

打ち合わせのためにあのビルを訪れる度、冗談みたいにドキドキしていたっけ。

 

結婚しているのは知っていたけれど、物静かな逢坂さんが時々笑ってくれると、それだけで嬉しくて心が弾んだ。

 

でもこれは絶対口にしてはいけない想いだと、重々承知しているつもりだった。

 

4ヶ月にも及ぶプロジェクトが終わって、全てを納品したあの日。

 

帰ろうとする私を逢坂さんが、飲みに誘ってくれたんだ。

 

あの日の私があともうほんの少しだけ、しっかりしていたら。きっとそれからの8年は、全く違った8年になっていたと思う。

 

 

「新田さんに、もっと早く、出会えてたらなぁ……」

 

 

酔った逢坂さんにあの夜言われた、ありふれた一言。

 

そんな一言で私は、ありふれた不倫の恋に落ちてしまった。

 

当時こそ、罪悪感で消えてしまいたくなるような日々だと思っていたけれど……。

 

妻子の目を盗んで、数週間に一度だけ逢瀬を重ねていた最初の数年間は、今思えば可愛いものだった。

 

逢坂さんがシンガポール勤務になって、私はもっと罪深くなった。

 

単身赴任の逢坂さんの元に、足繁く通うようになってしまったのだ。

 

 

最初の訪星は、「一度だけ」と思っていた。

 

次の訪星からは、「今回が最後」と思い続けてきた。

 

 

けれど……知人がいないシンガポールの地で、はじめて手を繋いで街を歩いた日。

 

私は知ってしまったんだ。

 

知ってはいけなかった、喜びを。

 

身を滅ぼすほどの、喜びを。

 

それは、「人生のもう一つの可能性」が、リアリティを伴って現実に姿を表す喜びだった。

 

逢坂さんに、もっと早く出会えていたら……こんな人生だったのかな。

 

シンガポールは、そんな想像を形にしてくれる、夢のような場所だった。

 

逢坂さんと、こんなに自由に、一緒の時間を過ごすことができるなんて。

 

心臓が止まるほどの幸せで、シンガポールにいる時の私は、いつも泣きそうな顔をしている。

 

 

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