いつも違う美女と肩を並べているところを、よく目撃されるこの男性。
彼は佐野隆(さのたかし)41歳、日系ITコンサル会社のシンガポール現地法人社長だ。
いわゆる「マネージングダイレクター」と呼ばれる立場だが、実情は常に本社に気を使う中間管理職である。
本社との軋轢や、単身赴任の寂しさが醸し出す、独特の憂いと色気。
それが絶妙に美女の心をくすぐっているようだが……
彼自身は、どうやら全くそれに無自覚なようで。
「ま、真智さん……もうそんなに飲まなくても……」
Gibson Bar のカウンターで、真智は数杯目のカクテルを勢いよく飲み干した。
このバーの名物である、繊細にデコレーションされた芸術品のようなカクテルを、一息で平らげてしまう。
そしてぷはぁと音を出さんばかりに息継ぎをして、俺を睨みつけた。
「佐野さんっ! これが、飲まずにやっていられますか!」
小柄な真智からは、睨みつけている時でさえ、抑えきれない可愛さが溢れ出している。
真っ白な肌に、落ち着いた栗色のボブヘア。
カーディガンの袖先から覗く手首は華奢で、結婚指輪がやけに大きく見えた。
真智は俺の後輩で、同じく本社から出向している川原の妻である。
「佐野さんは、うちの夫が最近、一体誰と毎晩会ってるのか知ってるんでしょう?!」
「いや何度でも言うけど、本当に知らないよ」
「本当に? あの人、佐野さんのこと尊敬してるから、絶対なんでもペラペラ喋ると思うんだけど!」
「本当ですよ。困ったなぁ……」
会社宛に一本の電話がかかってきたのは、今日の昼下がりのことだ。
どうやら精一杯落ち着いた声を出していたつもりらしいが、電話の主が川原の妻の真智であることは、名乗られる前にすぐわかった。
川原の妻が小柄な美人であることも、その彼女の声がとても特徴的で可愛らしいことも、よく記憶していたからだ。
俺に正体を言い当てられた彼女は、単刀直入に要件を伝えてきた。
どうしても聞きたいことがあるから、今夜このバーに来て欲しいという。
嫌な予感がしたが、話はやはり川原のことだった。
彼女は数ヶ月前から、彼の浮気を疑っているらしい。