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【Ep. 最終章】「私、待ち続けるべきだと思う?」と千代は言った

※この物語はフィクションです

いつも違う美女と肩を並べているところを、よく目撃されるこの男性。

彼は佐野隆(さのたかし)41歳、日系ITコンサル会社のシンガポール現地法人社長だ。

いわゆる「マネージングダイレクター」と呼ばれる立場だが、実情は常に本社に気を使う中間管理職である。

本社との軋轢や、単身赴任の寂しさが醸し出す、独特の憂いと色気。

それが絶妙に美女の心をくすぐっているようだが……

彼自身は、どうやら全くそれに無自覚なようで。

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見事にカールされた髪に、上質なシルクのワンピース。

その濃厚な色香は、まるで大女優のそれだった。

年の頃は50代後半だろうか。

しかし、この手の女性に関しては、生まれてからの年数を数えることなどなんの意味もなさない。

「お隣、よろしいかしら?」

大ぶりなサングラスを押し上げながら、貫禄たっぷりにそう切り出されては、NOと言えるはずがなかった。

「どうぞ」

俺の行きつけのこの店は、カッページにある、気取らない居酒屋だ。

カウンターしかない小さな店。言ってはなんだが、こんなゴージャスな女性がしっくり来るような場所ではない。

しかしこの女性は、そんなことなど意に介さず、早速日本酒と卵焼きを頼んで嬉しそうにしていた。

親しみやすさを感じた俺は、思い切って話しかけてみる。

「お一人ですか?」

「うふふ、ごめんなさい。実は、あなたを探してたの」

「ぇえ?!」

「さっき、オーチャードロードのところであなたとすれ違った時にね。昔の恋人によく似てるなぁと思ったものだから、悪いけれど追いかけさせてもらいました」

「そ、そうだったんですか……」

実は俺はとにかくよく、色々な人に似ていると言われる。

親戚のおじさんとか、隣のクラスにいた目立たない男の子とか、マイナーなアニメのキャラクターとか。

「このビルに入って行く時に、一瞬見失っちゃったんだけど、見つかってよかったわ」

「どうしてこの店だとわかったんですか?」

「なんてことはないわ。一軒一軒、あなたがいそうな店を覗いて回ったの」

そこまでするだなんて、きっと相当にその“昔の恋人”のことが好きだったのだろう。

俺はあえてそのことには触れずに、

「じゃあ、俺、その人に、きっと相当良く似てるんですね」

とだけ、言った。

「ううん、残念ながらね、こうして見ると全然似てないわ」

「えー、なんかちょっと残念だなぁ。どの辺がやっぱり違いました?」

「あの人、山男だったから。もっと精悍な顔つきしてた」

「たはは……そうですよね。締まりが無い顔って、よく言われるんですよ」

美しいその女性は、俺の自虐的な発言を肯定するでもなく否定するでもなく、片手を差し出しながらこう言った。

「私、千代って言います。よろしくね」

「あ、ありがとうございます。俺、佐野って言います」

差し出された白い手を握ると、ふっくらと暖かかった。

「どんな人だったんですか? その、昔の恋人って」

酔いも回ってきた頃、頃合いを見て俺はずばりと切り出した。

こんなに綺麗な女性が未練を残す相手がいるとしたら、どんな人なのかぜひ聞いてみたい。

「雪山でね。行方不明になったまま、帰ってこないの」

「あ……そうでしたか。すみません」

「ううん、いいのよ。山男と付き合ってれば、いつかそういうことになるんじゃないかってことくらい、どんな女でも想像するものよ」

「そう言えばうちの会社の先代の社長も登山が趣味で、ヒマラヤで行方不明になったんですよ。今は残された奥さんが、会社を切り盛りしてます」

「へえ、その奥様、どんな方?」

「うーん、あんまり会ったことはないんですけど、髪をひっつめにしていて黒縁メガネで、真面目そうな人です」

「そう。その方も、私と同じ経験をされたのね……」

千代さんは考え込むようなそぶりで虚空を眺めると、唇を噛んだ。そしてやがて、

「ねえ、佐野さん。私ね、ずっと、悩んでることがあるの」

と、俺の顔を見つめて呟いた。

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