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【Ep. 2】「板挟みになるって、幸せなことかもしれないですよ」とリカは言った

 

 

 

 

「佐野さーん、さすがに中華はないですよぉ。」

 

あれから10年が経ち、今夜。本社から出張に来た彼女と俺は、OCBC センターにあるPeach Gardenにいた。

 

 

 

あの頃毎日のように中華を食べていた俺たちだから、久しぶりにまた一緒に中華を食べようと思ってこの店を選んだのだ。

 

しかもここは、あの寂れた店と違って、味も景色も正真正銘の一級品である。

 

特にポークやダックのローストにかけては、決して日本では味わうことのできない匠の技だと思っているのだが……

 

 

 

「リカ、お前、中華好きなんじゃないのか?」

 

「えー、好きだけど、こんな時間に中華なんか食べたら胃もたれしちゃいますよ〜!」

 

 

 

考えてみれば、若く見えるリカも、あの頃の俺より年上なわけだ。

 

夜に中華を食べれば、胃もたれくらいしたっておかしくないだろう。

 

妙なところに10年の時の流れを感じ、俺はつい苦笑してしまった。

 

 

 

「ニューヨークからは、いつ戻って来たんだっけ?」

 

「2年前です」

 

「じゃあニューヨークには、かなり長いこといたことになるんだな! 赴任したの、あれからすぐだっただろう?」

 

「ふふふ、佐野さん、“あれ”ってなんのこと?」

 

「いや、だから、あれだよあれ!」

 

 

 

一度だけ肌を重ねてから数週間後、リカがニューヨークに転勤依頼を出したことを知った。

 

新人が行きたいと言ったところで普通はなかなか行かせてもらえないのだが、その希望はなぜだか通り、リカはニューヨーク支社へと旅立って行った。

 

その様子を見て、最近の若い子はずいぶんアッサリしているものなんだなと、感心した記憶がある。

 

 

 

あの一夜の過ちは、家庭を壊すような種類のものではなかったとはいえ、それなりに俺だってあれこれ考えたりしたのだ。

 

そんな俺を日本に置いて、リカは軽やかに旅立って行ってしまった。

 

 

 

リカの含み笑いを見ていると、10年前のあれこれはすっかり過去の良い思い出になっているようにしか見えなかった。

 

蒸し返すほど野暮ではない俺は、あえて仕事の話題に切り替える。

 

 

 

「ニューヨークでは手柄続きだったらしいよなぁ。今じゃリカの方が、ずっと出世コースにいるもんな」

 

「そんなことないですよ」

 

「おおかた今回の出張だって、山崎常務あたりに、“佐野の調子探ってこい”って言われて来たんだろう?」

 

「えへへ」

 

「やっぱりか! いやー、いつもいつも俺は、本社と現地社員の板挟みになって大変だよ」

 

 

 

それまで天真爛漫な笑顔を振りまいていたリカが、ふっと真顔になった気がした。

 

取り繕うように再び笑顔を作ったリカが、こんなことを呟く。

 

 

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