いつも違う美女と肩を並べているところを、よく目撃されるこの男性。
彼は佐野隆(さのたかし)41歳、日系ITコンサル会社のシンガポール現地法人社長だ。
いわゆる「マネージングダイレクター」と呼ばれる立場だが、実情は常に本社に気を使う中間管理職である。
本社との軋轢や、単身赴任の寂しさが醸し出す、独特の憂いと色気。
それが絶妙に美女の心をくすぐっているようだが……
彼自身は、どうやら全くそれに無自覚なようで。
普段の俺なら、バーで隣になった女性に自分から声をかけることなんかしない。
けれども俺は酔っていたし、無視するにはあまりに美しい日本人女性だったものだから、思わず、事故のような勢いで話しかけてしまった。
「お綺麗ですね」
昔見たアジア映画に出ていた女優に似ている。
彫りが深くはっきりしているのに、どことなく儚げな印象がある顔立ち。
その端正な頰で揺れるボブヘアが、これまた艶めいていて美しかった。
話しかけられたことに相当びっくりしたのだろう、整った顔に、驚きの色が広がる。
「すみません、あんまりにもお綺麗なので、話しかけてしまいました」
「……いえ……話しかけていただけて、光栄です」
「あは、あはは、まいったな。こんなに美しい方に、こんな風に言っていただけるなんて、今夜はよく眠れそうです」
そんなことを言っておいて、自分自身で、オジサンみたいだなと苦笑する。
いや、俺は立派なオジサンなのだから、別にオジサンみたいなことを言っても良いはずなのだが。
俺はなんだか気恥ずかしくなって、ちゃんと自己紹介をし直すことにした。
「はじめまして、佐野です。お楽しみのところお邪魔してすみません」
「……はじめまして、さゆみです」
「さゆみさん、こちらにお住まいですか?」
「はい。もう4年になります」
「あ、じゃあ俺と一緒だ!」
そんな他愛ない会話だったが、共通点が見つかった俺はますます上機嫌になった。
我ながら、酔っているな。
時折、酔っているのになんだか家に帰りにくい夜、がある。
今夜はそんな夜だった。
よく飲みに行く他社のMDと、居酒屋でいいだけ飲んだのに、それでもなぜか帰りたくなくてこのバーに寄ったのだ。日本人のマスターと少しおしゃべりでもできればと思っていたのだが、思いがけず、こんなに美しい話相手に恵まれた。
偶然の幸運に、つい饒舌になってしまう。