いつも違う美女と肩を並べているところを、よく目撃されるこの男性。
彼は佐野隆(さのたかし)41歳、日系ITコンサル会社のシンガポール現地法人社長だ。
いわゆる「マネージングダイレクター」と呼ばれる立場だが、実情は常に本社に気を使う中間管理職である。
本社との軋轢や、単身赴任の寂しさが醸し出す、独特の憂いと色気。
それが絶妙に美女の心をくすぐっているようだが……
彼自身は、どうやら全くそれに無自覚なようで。
亜利沙は、あるメーカーに勤務する優秀なセールスパーソンだ。
彼女の上司にあたるMDと飲んだ際、「今月もトップセールスだったので、ご褒美に連れてきました」という触れ込みで登場したのが彼女だった。
しかし、むしろ亜利沙と飲む口実を探していたのは、あのMDの方だったのだろう。
なるほどトップセールスになるのもうなずける、一緒にいて本当に気持ちが良い女性で、しかも……豊満なバストが、とても印象的で……なんだか、一緒にいるだけで、男なら誰もが口元を緩めてしまう。
そんな魅力を持った女性だった。
そんな亜利沙が急に、「仕事のことで、相談したいことがあるんです」と俺に直接連絡を取ってきた。
確かにあれから数度、飲み会でまた顔を合わせることはあったけれど、相談を持ちかけてもらえるほど信頼されているとは知らなかった。
少し悩んだが、20代後半の、これから社会人として伸び盛りの人が、仕事に悩んだ時に俺を思い出してくれたのだ。
社会の一員として、それは非常に誇らしいことのように思えた。
亜利沙がもし男だったら、間違いなく即答でOKしただろう。
ここで彼女の相談を受けないのは、ある意味性差別であるような気もして、俺は彼女と待ち合わせることにした。
水曜の夜。シェントンウェイにあるThe Bank Bar + Bistroに現れた彼女は、俺を見つけるなり、満面の笑みで駆け寄ってきた。
コンサバティブなワンピースの下で、豊満なバストが揺れている。
うう。決して大きなバストが好きというわけではないのだが、どうしても視界に入ってきてしまう。
俺は、定まらない目線を、意思の力でぐっと彼女の目元へ寄せ、軽く会釈した。
「亜利沙ちゃん、久しぶりだね」
「お久しぶりです! ごめんなさい、佐野さんのこと、急に呼び出したりして……」
「いやいや、こういう時に思い出してもらえるなんて、社会人の先輩としてとても光栄だよ」
「そう言っていただけると私……本当に救われます!」
情感たっぷりの潤んだ目で俺を見つめる亜利沙。
まさか、俺のことが好きなんじゃ……いやいや、そんなわけはないだろう。
彼女は普通にしているだけで、周囲の男性を勘違いさせてしまうような、そんなところがあった。
もちろんそれは彼女のせいではない。
実際に今着ている服装もかっちりしたもので、なるべく体のラインが出ないように気を配られているし、髪にも化粧にも媚びたところはない。
そもそも彼女は生まれつき、男好きのするタイプなのだろう。
いくつかアラカルトで料理を頼み、ビールをオーダーしたところで、亜利沙がため息まじりにこんなことを言い出した。
「私……今の仕事、ちょっと息苦しいなって思うんです」
「ほう、それはまた、どうして?」
「契約は取れるんですけど……お客様とのトラブルが、正直、すごく多いんですよ」
とても意外な告白だった。
こんなに感じが良くて、しっかりとした女性の、どこに問題要素があるというのだろう。
「トラブルって、どんなトラブルだい?」
「えっと……佐野さんに言うの、すごく恥ずかしいんですけど……」
「あ、もちろん、言いたくなければ全然いいよ」
「いいえ、言わないと話が進められないので、言います。私……私……すぐ寝ちゃうんです」
空気が、一瞬、完全に停止した。