いつも違う美女と肩を並べているところを、よく目撃されるこの男性。
彼は佐野隆(さのたかし)41歳、日系ITコンサル会社のシンガポール現地法人社長だ。
いわゆる「マネージングダイレクター」と呼ばれる立場だが、実情は常に本社に気を使う中間管理職である。
本社との軋轢や、単身赴任の寂しさが醸し出す、独特の憂いと色気。
それが絶妙に美女の心をくすぐっているようだが……
彼自身は、どうやら全くそれに無自覚なようで。
エメラルドヒルの名店、No. 5。2階席で俺を待つ史華は、まるでそこだけスポットライトでも当たっているかのように輝いていた。
「お久しぶり、佐野くん」
今風のリップで彩られた唇の端が、キュッと上がる。ルーズなまとめ髪や、大ぶりなイヤリングなど、流行を上手に取り入れたその装いは、到底同年代に見えなかった。
「待たせたね、ごめん」
「ううん、あなたが私を待たせたことなんかないわ」
大学時代から変わっていない、自信のある言い回し。
史華はあの頃、キャンパス内で知らない人がいないほどのとびきりの美女で……そして俺の妻の、親友だった。
あの日の飲み会は、「あの金城史華が来る」という話題で持ちきりだった。
金城史華は本物だ。
本物の、ミスキャンパスなんかに全然興味がない類の、ピッカピカの美女だ。
おまけにお嬢様ときていて、他の生徒とは着ているものや持っているもののクオリティが明らかに異なっていた。
モデルをやっているらしいとか、いや女優デビューを控えているらしいとか、そもそも大女優の娘らしいとか、いろんな噂がまことしやかに囁かれていた。
けれど彼女は仲の良い女子と2人でいつも連れ立って歩いていて、それ以外の学生とは滅多に話そうとしなかったから、いつまでたっても真相は闇の中だった。
ミステリアスさが噂を加速し、彼女はいつも好奇の視線に晒されていたように思う。
その日の飲み会は、金持ちのボンボンが参加していたわけでも、顔のいいやつが揃っていたわけでもなく、同じ学部の奴らがいつものようにワイワイ集まって飲むだけの、なんの変哲もない飲み会だった。会場はもちろん、チェーンの居酒屋だ。
そんな飲み会に彼女が降臨するというのだから、参加者が色めき立つのも無理はなかった。
「遅れてごめんなさい」
狭い個室の入り口で史華がそう声をかけた途端、さっきまで騒がしかった仲間たちが、全員押し黙ってしまった。気まずさを察した俺が、
「全然! 始まったばかりだよ」
と声を上げると、なぜだか他の男子に睨まれる始末。
うーん。やりにくいこと、この上なかった。
すると史華の後ろから、史華と比較すれば平凡すぎる、ごくごく普通の女子学生が入ってきた。
恐縮するように、なるべく目立たないように。でもなぜかその女性を見た瞬間、俺はとても懐かしい気持ちになったんだ。
そしてその女性こそが、やがて俺の妻となる人、その人だったわけで……。