いつも違う美女と肩を並べているところを、よく目撃されるこの男性。
彼は佐野隆(さのたかし)41歳、日系ITコンサル会社のシンガポール現地法人社長だ。
いわゆる「マネージングダイレクター」と呼ばれる立場だが、実情は常に本社に気を使う中間管理職である。
本社との軋轢や、単身赴任の寂しさが醸し出す、独特の憂いと色気。
それが絶妙に美女の心をくすぐっているようだが……
彼自身は、どうやら全くそれに無自覚なようで。
「佐野さぁぁぁ〜ん!! 聞いてくださいよぉぉぉ〜!!」
The Coffee Academicsに現れるなり百合子は、周囲の人が振り返るほどのボリュームでこう叫ぶと、俺に駆け寄った。
「もうヤダ! 男という生き物が、根本的にヤダっ!」
「あのう、俺も一応、男なんだけど」
「佐野さんは枯れてるからいいのっ!」
「か、枯れてるって……」
ドスンと音を立てて座る百合子。自慢の美しい髪が、ふわりと一瞬、宙に舞った。
百合子と知り合ったのは、あるサイトの編集長を介してだ。
佐野さんくらいにしかならせない猛獣がいる、とのフレコミで紹介されたのは、意外にも可愛らしいルックスの、30歳くらいの女性だった。
だが流石に、生き馬の目を抜くシンガポールで頑張っている独身女性は、強い。
ひとたび口を開くと、そのエネルギーに圧倒されるばかりだった。
「もう今日はね、佐野さんに思い切り愚痴を聞いてもらおうと思って呼び出したんですよ!」
「見ればわかるよ」
「ですよねっ! 私、慎しみ深いから、愚痴を聞かせる時くらいしか、既婚男性を呼び出したりしませんからね!」
「それ、慎しみ深いようで全然慎み深くない発言だと思うよ」
「佐野さんは黙っててください!」
百合子にとって既婚男性というものは、女でもなく、男でもなく、言うなればそのあたりの植え込みや枯れ木のような存在なのだろう。
時折やれやれと思うことはあるものの、時にそんなぞんざいな扱いをされるのもどこか心地よく、数ヶ月に一度の彼女とのキャッチアップは、俺の楽しみのひとつだった。