常夏のコスモポリタン・シティ、シンガポール。
恋が似合うこの街には、珠玉のラブストーリーの舞台としてふさわしい、数々のデートスポットが存在する。
しかし嘆くべきは昨今の「恋愛離れ」。
多くのシンガポール在住日本人が、恋やデートそのものに対する消極的な“めんどくささ”を持て余している。
そこでナイトライフシンガポール編集部は、この街にはびこる「デートめんどくさい症候群」を駆逐すべく立ち上がった!
(なるべくしがらみの少ない)男性読者を問答無用でおすすめデートスポットに連れ出し、在住者を代表して評価してもらうのがこの企画。
さらにはその評価と当日の写真を元に、あなたの恋心を刺激するショートストーリーを作成することとした。
リアルと妄想が交錯する半フィクションが、眠っていたデート欲を揺り起こす?!
都会は、疲れる。
そんな当たり前のことに気づいたのは、都市国家シンガポールに移住して、すでに5年が過ぎた頃だった。
26歳で移住してきたから、もう私も31。年齢的なものもあるかもしれないけれど、そもそもこんな大都会で暮らしていれば、老いも若きも少しずつ削られていくものなのかなと思う。
うちのオフィスには10人ほどの日本人がいるけれど、皆、どこかしらネジが跳んでしまったようなところがある。
特にこの人……シンガポール支社のIT担当こと田中さんは、都会にやられてしまったのか、はたまた電磁波にやられてしまったのか、とにかく個性的なことこの上ない。
(また、メロンパン食べてる……今日、3個目じゃん)
約6メートルほど離れた席から田中さんの後ろ姿を眺めながら、私はひっそりと胸の中でツッコんだ。
田中さんの観察は、オフィスにおける貴重な楽しみのひとつ。
だって彼を見ていると、まるで“あの場所”でバードウォッチングをしているみたいな気分になれるから。
「スンゲイ……ブロウ?」
「そうです。田中さん、聞いたことないですか?」
休憩スペースで偶然居合わせた田中さんと私は、コピを片手に立ち話をしていた。
田中さんのコピはいつも、練乳増し増しの激甘仕様。
うん、この人、やっぱりネジが外れている。
「ないっすね。僕、基本、引きこもりなんで」
「いや私もそうですけど、なんていうか、引きこもりに最高な場所なんですよ、あそこ。アウトドアなのに」
「え、どういう意味ですか?」
「一言で言うと、すごく地味なんです。野生動物とか野鳥とか探しながら、湿地のそばを歩くだけの場所なんで」
「うわ、なにそれ。ちょっと惹かれますね」
「めちゃくちゃ癒されますよ、正直。なんか疲れて家に帰ってくると、水槽とかあったらいいな、ただぼーっと眺めたいな、とか思うじゃないですか。けど、本格的に自宅アクアリウムとか作るの大変でしょ。だから私、週末にあそこに通って、ただぼーっとしてるんです」
「へえ、じゃあ……次行くときは僕も、連れてってくださいよ」
何気無い顔をして、田中さんがそう呟いた。発泡スチロールのカップの中で、コピが揺れる。
動揺を飲み込むようにコピをすすってから、ぶっきらぼうに「いいですよ」と答えて…… 私と田中さんの初デートが、 不器用に確定したのだった。